28年前の1月17日午前5時46分、阪神淡路大地震が発生しました。
6400人以上の尊い命が奪われました。
当日、私は埼玉県の農協へコンサルティングの仕事で出張の予定でした。
農協の担当課長に延期の電話を入れたところ「この程度の地震で来れないのですか」
頭に来た私は「この程度の地震やて、阪神高速道路が横倒しになってるんや、自宅もタンスは倒れるは食器棚はひっくり返り家の中はぐちゃぐちゃになってるや、こんな状態でも来いと言うのか。テレビ見てみい」
その後現状を知った課長から平謝りの電話が入りました。
その日の午後、私は義姉の住む神戸へ、電車は途中の西宮北口まででその先は不通になっていました。
歩くしかありません。重い水や食品を持って歩くこと2時間余り、そこには地獄絵図が・・・・・
家屋は倒壊し、鬼の形相で家族を助け出そうとしている人、亡くなっている子供を抱え泣き叫ぶ母親。
救急車は道路が塞がりストップ、板の上に横たわる亡くなった人々、まさに悪夢です。
幸い義姉家族は全員無事、正直行かなければよかった、こんな悲惨な光景は見たくなかった。
その光景は数年間私の瞼に焼き付いたままでした。
東日本大震災では多くの人が津波による水死でしたが、阪神淡路は大半の人が家屋倒壊による圧死、そして火災による焼死でした。
今後、南海トラフ地震が起こるかもしれません。
もう二度とあのような光景は見たくありません。大震災が起こらないことを願うばかりです。
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